新聞記事を読んで、語り継ぐ、受け継ぐ戦後72年、桜が美しいと一生思うまい。

日本全国で桜前線が移動して3月の下旬から5月中旬にかけて決まったように桜の木の下で花見見物が行われそこではお祭り騒ぎの酒宴が繰り広げられる。自分自身も会社に入社して成人を迎える前から何の疑問を持たないまま40回以上の桜の花が舞う中で酒宴を繰り広げて来た。桜は日本の象徴であり学校も職場も新たな年度を迎えて気持ちを切り替えて大げさに言えば人生航路の門出であり、失敗を重ねて来た人間にとっては再出発を誓うには持ってこいの季節と美しい桜の花である。ところが、「咲いた花なら散るのは覚悟」と歌われているように、武士とか軍人にとっては潔さの象徴でもある。歌人の岡野弘彦さんが当時21歳であったころの戦争体験の中で大阪の陸軍部隊から茨城県の霞ケ浦に向かう途中米軍のB29の爆撃機の空襲に遭い同じ部隊の仲間や民間人が目の前で死んでゆく姿を目の当たりにし、その地獄模様を語っている。昭和20年4月13日の出来事とある。日本が広島と長崎に原爆攻撃を受け、敗戦宣言をして終戦を迎える約4か月前の出来事である。死体を遺族が確認をした後積み重ねられた死体に油をかけて焼いたという。1週間後茨城県鉾田市の小学校にいた部隊と合流した。その時に咲いていた桜の花と木を見て死んでいった仲間のことを思い、桜の花を見ても一生美しいと思うまい!と誓った。自分自身も桜見物を社会に出てから約40回ほど行ってきたが、桜からは旧日本国軍隊の予科練の制服の桜と錨のボタンを連想してしまう。本当に桜の花が美しいと思ったことは一度も無いような気がする。